原点回帰

ご縁で…

2011年の5月から 毎月毎月 通っていた神社がある。

奈良県下市町の丹生川上神社下社。

階(きざはし)の下から 毎月 祈り

社殿の裏側にある大きなケヤキの木によりそい

毎月 風を感じた。

2016年の4月の60回目を機に 流れを変えた。


なにということもなく

なんとなく…


それでも 時々は思い出して

あの 階の下で感じる風を思い起こして 自分に戻ってた。


この数週間 夏の頃の自分に会いたくて

あの頃の自分に戻りたくて でも なかなか 出会えなくて

もやもや もんもんとしていた。


今朝 起きたら大雨。

直感で 丹生に行こうと 朝 6時に出発。

三重県の針までいって そのあとは地道で丹生に。

数ヶ月前まで 毎月 通い慣れた道。

半年以上ぶりのこの道が びっくりするぐらい様変わりしてた。

新しいトンネルができて 綺麗になって。


それでも 丹生川上神社 下社はそのまま。


2011年5月 天河に向かう道すがら ふと立ち寄った神社。

なんとなく、山肌を滑り降りる風に 心がふわっと軽くなるのを感じて

特別な場所になった。

権宮司さんにお話を聞くと 毎月毎月 そちらのお守りを買いに来られる人たちがいるらしい。

12ヶ月分まとまると 平瓮にしてくれると。

それにひかれて 次の月から通い始めた。


そのうちに そちらの宮司さんに出会い

そして それから 毎月 本当に生きることを教えていただいた。

神道のど真ん中ではなく 人生のど真ん中のお話を…

解き放つこと。

肩の荷を降ろすこと。

淡々と 生きること。

言挙げすること。

そんな頃は 毎月 拝見できていたお顔も

最近は お忙しく 今日もお見えにならなかった。


それでも 整った神社内はいつも気持ちがよく、

階の下に正座して 神殿を見上げるこの風景に心が和んだ。

階の欄干に下がっている紙垂(しで)が揺れている。


瞳を閉じて しばし 風を感じてみる。

すーっと 通り抜ける風。

鳥の声。

そのうち

横一文字が 目の裏側に見えてきて、

いちに戻れと言われているような気がして静かに目を開いた。

また、紙垂(しで)が揺れていて 光がそっと 差し込んだような気がした。


深く吸い込んだ空気は土の匂い。

そう ここで私は60回息をしてきた。

あの頃の自分は 強烈に自分だったと思い起こす。

失うものなどなくて 求めるものばかりだった。

手にしたものなど何もなくて

ないものばかりだった。


今 手にしたような気がしているものが なくなりつつあることに恐怖してる自分がいて、

自分らしくなくなっていたんだと気づく。

なくなるものなど何もないのに。

手にしているものなど 何もないのに。


そういえば 今年は大切な友人がなくなり

そして スタッフも辞めていったり

なくすものが多かったんだな。

心が少しくだびれてたんだ。


心が軽くなる。

何を悩んでいたんだろう…。

全部 全部 これからの自分のために起こってきてるのに。

これから 自分が発信するために必要だったのに。

手にしたものは 失えるものじゃなかった。

手にしていたものは なくなっていくものじゃなく 

刻まれた体験だった。


いつも 苦しくなると 神様なんていないと愚痴る。

ここに…いる。

強い自分に還れる場所が。

私の原点を感じさせてくれる場所が。


社殿の奥のケヤキの木。

ひとつだけ願いを叶えてくれる場所。

でも いつももうすでに願いは叶っていることに気づかされ

伝えるのは ありがとうのお礼だけ。


今日も 元気になれました。

私らしく 生きていきます。

苦しくなった時

辛い時 寂しくなった時 また 会いに来ます。


鳥居をでた私の足音が 次にどこに向かえばいいのか

私に教えてくれているような気がした。

さくっ ざくっと 敷石を踏みしめながら歩く。

ざくっ ざくっと 力強く生きる道を教えてくれているような気がした。


帰り 針のインターで。

クリスマスなんだなぁ

綺麗なネオンに包まれた木に出迎えられた。

ちょっとだけ ハッピーな気持ちになった。


 


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